71 紫檀金鈿柄香炉 より

■正倉院宝物とデザインについて
正倉院宝物は一度に成立したのではなく、何段階かに分かれて成立しており、成立過程も皇室からの献上品、東大寺独自の収蔵品、皇室以外からの献上品と様々である。
もっとも根幹をなすものは、聖武天皇の七七忌に光明皇后が天皇遺愛の品々ならびに皇后に縁のあるものを東大寺大仏に献上したものである。その後も若干の宝物が光明皇后から東大寺に都合五度にわたって献上された宝物は正倉院正倉の北倉に納められ、今日に伝えられている。
光明皇后が五度にわたって東大寺大仏に献上した時に副えられていた献物帳には、①国家珍宝帳 ②種々薬帳 ③屏風花氈等帳 ④大小王真跡帳 ⑤藤原公真跡屏風帳がある。「国家珍宝帳」とは正式に「東大寺献物帳」と呼ばれるべきものであるが、この献物帳の冒頭に「太上天皇の奉為に国家の珍宝を捨して東大寺に入るる願文」との文言による。
中倉、南倉の宝物には東大寺の千手堂や東小塔などに保管されていた宝物や元々東大寺に保管されていたもの、儀式に使用されていた宝物、献上物を入れた箱類がある。
これらの宝物に使われている文様を再現したのが天平文様シリーズである。

71 紫檀金鈿柄香炉(したんきんでんのえこうろ)(南倉52)
全体を金銀珠玉で装飾した紫檀製の柄香炉で、材質及び豪華な技法の点で、仏具としては他に類を見ない品である。主な用材である紫檀は、炉胎・台座・柄の部分に横木取で用いられ、炉胎と台座は轆轤引きに寄っている。
炉は二重式になっていて、外側の紫檀の炉胎は、上下の付置に金銅の覆輪を付け、この炉胎の中二、香を焚く金銅製の落し炉がはめ込まれる。金色に光る外側の炉の覆輪と、やや赤みを帯びて、錆のある落し炉との境目が表れている。炉の付置にろう付けによって取り付けた銀台鍍金、見返り形の唐獅子は、この落し炉のつまみである。炉の中には灰が固まって残る。
炉の外側には、金象嵌で表した七花の花卉文四株を周囲に配し、その間に蝶、飛鳥などを表わす。その花心になぞらえてあるのは、赤の伏彩色を施した水晶と青色のガラスである。また炉の底裏は、覆輪のすぐ内側に金線による二重の界線をめぐらし、その内側に蓮花文を彫り出した銀台鍍金の座を飾る。炉と炉座との間は、金銅製の中空の柱を立て、炉胎内底から座裏まで、金銅製の鋲で貫いてかしめ付けてとめている。この柱は上下に金板銀板の座金合わせて九重を貫き、炉胎・座の内側の鋲留めの箇所でも、それぞれ四重の金銀座金を重ねている。炉座は、紫檀材を厚みの約三分の二ほど轆轤挽きして中空に作り、側面に二十四の小さな刳りを付けて、上下の縁および各刳り形間の仕切りに金の界線を置き、刳り形の一つ一つに金象嵌の小花文を置き並べたものである。花心には緑と青のガラスが嵌めてある。炉座の上面は内外二区に分かれていて、外側の区は、花心に緑と青のガラスを嵌めた金象嵌の小花卉文をめぐらしたもの。内側の区は、炉の底裏と同じく、蓮花文を刻んだ銀の花座で、一部に鍍金を施している。
柄は、中央に長く溝をほって、両側に縁を作り出し、縁の上面には金の珠点を嵌めている。側面には、上下に金の縁取りを付けて、金の珠点と、緑と青のガラスを花心とする金の小花文とを交互に嵌め込んである。また柄の溝には、赤地唐花文錦を敷いて、白と黒の二色の組みひもで押えているが、紐は新補である。炉と柄の取付けは、柄の先端をほぞに作って炉胎に貫通させ、内側で端栓を挿してとめている。さらにこの部分には釘隠し風に銀金具を被せてある。また、柄と炉の底裏を紫檀製、肘形の持ち送りでつなぐが、これは明治時代の補修にかかるものである。別に旧物の一部が発見されており、両者の間には僅かな形の違いがある(挿図)。柄元には、唐草と鳥を透かし彫りにした銀台鍍金の菱形金具を飾る。その鎮寄りの端近くに、銀の座金を付けた水晶珠をおき、中央部に、左右一対の蓮花を置くが、中房は青色ガラス、蓮弁は銀である。柄の尾端に置かれた鎮の獅子形は銀製。蝋型鋳造ののち鍍金したもので、太いかんをくわえて蓮花座の上にうずくまる。この下に金板の座を敷き、紫檀の基盤の裏にほぞを通して、裏から銀の座金を用いてかしめ付け、獅子をとめている。
なお、正倉院文書の続修後集第四十一巻に収める年次の文書によれば、光仁天皇が亡くなった時に「紫檀御香炉一具、犀角如意一柄、白玉網一口」の施入が行われたことが知られる。
長さ39.5cm 炉の径11cm 炉の高さ3.9cm 総高6.7cm 鎮の獅子の高さ4.1cm
朝日新聞社「正倉院宝物 南倉」より引用
71 紫檀金鈿柄香炉 より
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