48 花氈(かせん)(北倉150-21)より

■正倉院宝物とデザインについて
正倉院宝物は一度に成立したのではなく、何段階かに分かれて成立しており、成立過程も皇室からの献上品、東大寺独自の収蔵品、皇室以外からの献上品と様々である。
もっとも根幹をなすものは、聖武天皇の七七忌に光明皇后が天皇遺愛の品々ならびに皇后に縁のあるものを東大寺大仏に献上したものである。その後も若干の宝物が光明皇后から東大寺に都合五度にわたって献上された宝物は正倉院正倉の北倉に納められ、今日に伝えられている。
光明皇后が五度にわたって東大寺大仏に献上した時に副えられていた献物帳には、①国家珍宝帳 ②種々薬帳 ③屏風花氈等帳 ④大小王真跡帳 ⑤藤原公真跡屏風帳がある。「国家珍宝帳」とは正式に「東大寺献物帳」と呼ばれるべきものであるが、この献物帳の冒頭に「太上天皇の奉為に国家の珍宝を捨して東大寺に入るる願文」との文言による。
中倉、南倉の宝物には東大寺の千手堂や東小塔などに保管されていた宝物や元々東大寺に保管されていたもの、儀式に使用されていた宝物、献上物を入れた箱類がある。
これらの宝物に使われている文様を再現したのが天平文様シリーズである。

■天平文様について
聖武天皇の天平年間を中心に、奈良では天平文化と呼ばれる貴族・仏教文化が華ひらきました。
東大寺境内に残る正倉院では、この天平時代を中心とした多数の美術工芸品、古文書等が納められ、千三百年経った現在に当時の息吹を伝えます。
古代から人々は、さまざまな願いを図柄に込めてきました。「吉祥文様」と呼ばれる文様には、富や長寿、子孫繁栄などの意味が込められています。
ギリシャ遺跡に残るロゼット、パルメットといったデザインの面影を垣間見るとき、地理的な世界距離と何千年もの時間の感覚がぐっと縮まるような不思議な心地よさを感じることができます。 (designer 藤野千代)

■花氈(北倉150-21) 美しい文様の織りこまれている毛氈(もうせん)。花毛氈の略。
地は薄茶(無染色)で、薄紅、紅あるいは縹の輪を重ねて紺縁を付けた大きな花心に同様の配色の八つの花弁を三重に重ねた蓮華風の蔦と葉で繋いだもので、紺の蔦は花氈の四隅から始まりゆったりと波を打って花氈全面に広がっている。花文の間地には縁が紺で刳形の薄紺の葉や縁が紺で滑らかだが全体が歪んだ形の薄紺または薄緑の葉や薄紺・薄紅・薄緑の蓮華の花床のような形を対称的に配している、花氈の周囲は紺で縁取っている。蔦の先の巻き鬚・葉形・唐草風の蔦は葡萄唐草文の流れを、花文・花床のような形は蓮華文の流れを感じさせるが、全面に大きな花文を七つ配した構成は何か特異な印象を与える文様である。
長さ244cm 幅約130cm
日経新聞社「正倉院の文様」より引用

花氈(北倉150-21)

商品説明

仕様

48 花氈(かせん)(北倉150-21)より
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