39 八角鏡平螺鈿背 第07号(北倉42)より

■正倉院宝物とデザインについて
正倉院宝物は一度に成立したのではなく、何段階かに分かれて成立しており、成立過程も皇室からの献上品、東大寺独自の収蔵品、皇室以外からの献上品と様々である。
もっとも根幹をなすものは、聖武天皇の七七忌に光明皇后が天皇遺愛の品々ならびに皇后に縁のあるものを東大寺大仏に献上したものである。その後も若干の宝物が光明皇后から東大寺に都合五度にわたって献上された宝物は正倉院正倉の北倉に納められ、今日に伝えられている。
光明皇后が五度にわたって東大寺大仏に献上した時に副えられていた献物帳には、①国家珍宝帳 ②種々薬帳 ③屏風花氈等帳 ④大小王真跡帳 ⑤藤原公真跡屏風帳がある。「国家珍宝帳」とは正式に「東大寺献物帳」と呼ばれるべきものであるが、この献物帳の冒頭に「太上天皇の奉為に国家の珍宝を捨して東大寺に入るる願文」との文言による。
中倉、南倉の宝物には東大寺の千手堂や東小塔などに保管されていた宝物や元々東大寺に保管されていたもの、儀式に使用されていた宝物、献上物を入れた箱類がある。
これらの宝物に使われている文様を再現したのが天平文様シリーズである。

■天平文様について
聖武天皇の天平年間を中心に、奈良では天平文化と呼ばれる貴族・仏教文化が華ひらきました。
東大寺境内に残る正倉院では、この天平時代を中心とした多数の美術工芸品、古文書等が納められ、千三百年経った現在に当時の息吹を伝えます。
古代から人々は、さまざまな願いを図柄に込めてきました。「吉祥文様」と呼ばれる文様には、富や長寿、子孫繁栄などの意味が込められています。
ギリシャ遺跡に残るロゼット、パルメットといったデザインの面影を垣間見るとき、地理的な世界距離と何千年もの時間の感覚がぐっと縮まるような不思議な心地よさを感じることができます。 (designer 藤野千代)

■八角鏡平螺鈿背(はっかくきょうへいらでんはい)第07号(北倉042)
本鏡は寛喜二年の盗難で破損したものを明治二十八年に接合復元したもの。螺鈿には当初のものが、かなり残っているように見られる。図様は多少の相違はあるが、他の螺鈿鏡と同じく、中心の紐から四方、八方へと宝相華文が派生していくパターンである。連珠文がなく圏線あるのが他と異なる。地には白・淡青・緑のトルコ石砕片、ラピスラズリの砕片をちりばめる。
径32.7cm <日経新聞社「正倉院の文様」より引用>

八角鏡平螺鈿背(はっかくきょうへいらでんはい)第07号(北倉42)

商品説明

仕様

39 八角鏡平螺鈿背 第07号(北倉42)より
円(税込)