25 紫壇木画槽琵琶(南倉101)より

■正倉院宝物とデザインについて
正倉院宝物は一度に成立したのではなく、何段階かに分かれて成立しており、成立過程も皇室からの献上品、東大寺独自の収蔵品、皇室以外からの献上品と様々である。
もっとも根幹をなすものは、聖武天皇の七七忌に光明皇后が天皇遺愛の品々ならびに皇后に縁のあるものを東大寺大仏に献上したものである。その後も若干の宝物が光明皇后から東大寺に都合五度にわたって献上された宝物は正倉院正倉の北倉に納められ、今日に伝えられている。
光明皇后が五度にわたって東大寺大仏に献上した時に副えられていた献物帳には、①国家珍宝帳 ②種々薬帳 ③屏風花氈等帳 ④大小王真跡帳 ⑤藤原公真跡屏風帳がある。「国家珍宝帳」とは正式に「東大寺献物帳」と呼ばれるべきものであるが、この献物帳の冒頭に「太上天皇の奉為に国家の珍宝を捨して東大寺に入るる願文」との文言による。
中倉、南倉の宝物には東大寺の千手堂や東小塔などに保管されていた宝物や元々東大寺に保管されていたもの、儀式に使用されていた宝物、献上物を入れた箱類がある。
これらの宝物に使われている文様を再現したのが天平文様シリーズである。

■天平文様について
聖武天皇の天平年間を中心に、奈良では天平文化と呼ばれる貴族・仏教文化が華ひらきました。
東大寺境内に残る正倉院では、この天平時代を中心とした多数の美術工芸品、古文書等が納められ、千三百年経った現在に当時の息吹を伝えます。
古代から人々は、さまざまな願いを図柄に込めてきました。「吉祥文様」と呼ばれる文様には、富や長寿、子孫繁栄などの意味が込められています。
ギリシャ遺跡に残るロゼット、パルメットといったデザインの面影を垣間見るとき、地理的な世界距離と何千年もの時間の感覚がぐっと縮まるような不思議な心地よさを感じることができます。 (designer 藤野千代)

■紫壇木画槽琵琶(したんもくがのそうのびわ)(南倉101)
正倉院の四弦琵琶で紫檀の槽を木画で飾るのは二面あり、これはその一面である。木画は黄楊木の絃門、海老尾、紫檀の転手にもあり、象牙・鹿角・黒檀・黄楊木・竹などを材料とする。材料と装飾技法の点では、他の一面もこれとほとんど同じであるが、著しい相違点が槽の木画装飾に見られる。他の一面が絵画的に飾られているのに対し、この方は形式化された花文の整然たる繰り返しによって装飾されている。花文は大小二種の六弁および四弁の計三種あり、それらを斜格子状に配する。ここでも紫檀を地とする木画材料は、それぞれに特色が生かされ、文様の繰り返しは錦裂でも見るかのごとくであるが、木画独特の装飾効果をあげている。
全長98.5cm  <日経新聞社「正倉院の文様」より引用>

紫壇木画槽琵琶(したんもくがのそうのびわ)(南倉101)裏面
紫壇木画槽琵琶 (したんもくがのそうのびわ) 裏面の一部分
紫壇木画槽琵琶(したんもくがのそうのびわ)(南倉101)表面

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25 紫壇木画槽琵琶(南倉101)より
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