05 赤地唐花文錦(南倉179-90)

■正倉院宝物とデザインについて
正倉院宝物は一度に成立したのではなく、何段階かに分かれて成立しており、成立過程も皇室からの献上品、東大寺独自の収蔵品、皇室以外からの献上品と様々である。
もっとも根幹をなすものは、聖武天皇の七七忌に光明皇后が天皇遺愛の品々ならびに皇后に縁のあるものを東大寺大仏に献上したものである。その後も若干の宝物が光明皇后から東大寺に都合五度にわたって献上された宝物は正倉院正倉の北倉に納められ、今日に伝えられている。
光明皇后が五度にわたって東大寺大仏に献上した時に副えられていた献物帳には、①国家珍宝帳 ②種々薬帳 ③屏風花氈等帳 ④大小王真跡帳 ⑤藤原公真跡屏風帳がある。「国家珍宝帳」とは正式に「東大寺献物帳」と呼ばれるべきものであるが、この献物帳の冒頭に「太上天皇の奉為に国家の珍宝を捨して東大寺に入るる願文」との文言による。
中倉、南倉の宝物には東大寺の千手堂や東小塔などに保管されていた宝物や元々東大寺に保管されていたもの、儀式に使用されていた宝物、献上物を入れた箱類がある。
これらの宝物に使われている文様を再現したのが天平文様シリーズである。

■天平文様について
聖武天皇の天平年間を中心に、奈良では天平文化と呼ばれる貴族・仏教文化が華ひらきました。
東大寺境内に残る正倉院では、この天平時代を中心とした多数の美術工芸品、古文書等が納められ、千三百年経った現在に当時の息吹を伝えます。
古代から人々は、さまざまな願いを図柄に込めてきました。「吉祥文様」と呼ばれる文様には、富や長寿、子孫繁栄などの意味が込められています。
ギリシャ遺跡に残るロゼット、パルメットといったデザインの面影を垣間見るとき、地理的な世界距離と何千年もの時間の感覚がぐっと縮まるような不思議な心地よさを感じることができます。 (designer 藤野千代)

赤地唐花文錦(あかじからはなもんにしき)

05 赤地唐花文錦(あかじからはなもんにしき)(南倉179-90)
赤・縹・緑・黄・白の暈繝彩色による四重の八弁花文を中心に置き、その周りを各辺の真中にさらに小さい稜をつけた黄地の八稜形で囲み、外区に草花を様式化したような白地に縹・緑・赤の上下の窪んだ円形の文様を八個並べて、その外に側面花を配し、刳りを入れた緑に黄緑の帯で縁取って、谷間から側面花を覗かせている。複合の大唐花を主文とし、刳りの入った縁取りをした側面花を上下左右に配置し、間に小花文を置いた米字形の花文を副文としている。濃い赤地に黄・縹・緑・赤の暈繝彩色を施した豪華な唐花文で、一種神秘的な感じさえ抱かせる唐代の最も発達した時期の代表的な錦と言えよう。複様三枚綾
組織の緯錦である。
主文の幅約19.5cm 複文の幅約14.5cm 日経新聞社「正倉院の文様」より引用

赤地唐花文錦(あかじからはなもんにしき)

宝庫には経年の間に大破、両面を逸失し、骨と枠だけになっていた屏風が多数あった。この古骨枠を利用し、新しく和紙を貼ってこれに古裂残片を貼交ぜ、古屏風装古裂と称している。現在三百数十扇が作られており、これはその内の一扇である。

05 赤地唐花文錦(南倉179-90)
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